新潟市は白山神社の門前、上古町に明治4年創業当時より店を構える老舗和菓子店、金巻屋(かねまきや)。
落雁を作るところから始めて144年。約一世紀半にも及ぶ歴史の中で、洋菓子にも力を入れた時期を経て、現在の和菓子に絞ったスタイルを確立して今に至ります。
今回は4代目の金巻栄作社長にお店の歴史と、今の季節にオススメのお菓子を教えていただきました。
上生菓子を得意とする上古町の金巻屋
「昭和40年代は洋菓子もやっていたんだけど、私が大津に修行に行って戻ってくる際に和菓子に特化しようと決めたんです」。
当時はおやつ用のお菓子や羊羹が中心で、洋菓子もクリスマスケーキを400台も注文を受けていた金巻屋。和菓子屋と言えばイメージする上生菓子は、金巻屋では実はこの金巻社長が修業先から戻った時に始めたそうです。
「当時は上生菓子は作っていなかったんだけど、私は大津でお茶やお花も勉強していてその勉強は一生続けようと思っていたし、新しくお茶のお菓子をやってみようと思って。本当に地道にコツコツ何年も勉強して。お茶菓子ってよく考えたら難しい分野なんですよ、すごく(笑)」。
季節はもちろん、歴史や文学、提供されるお茶席のテーマなどモチーフは多岐に渡ります。依頼主から金巻社長が直接要望を聞いて実際に作る=聞き手と作り手が同じというスタイルから、今や金巻屋のお茶菓子はお茶の世界で流派を問わず広く支持されています。
気づけば月替わりで店頭に並ぶ上生菓子5種類を含め、年間300種類ほど作られているとのこと。
一つひとつに、お題をお菓子に落とし込むアイディアやユーモアの引き出しの多さ、センスが光ります。
「ぜひ五感を働かせてお菓子を食べてみていただきたいですね。見て、触って、味わって、匂いを楽しんで。『聞く』のは名前。お菓子の名前を聞くと、納得したり興味が湧いたりします。そういう風にお菓子を楽しんでいただければ、なおさら食べて美味しくなるんじゃないかな」
それでは早速、9月ならではのお菓子「着せ綿(きせわた)」について教えていただきましょう!
お菓子で思いを馳せる節句の楽しみ方
七草粥を食べる1月7日の人日、3月3日は桃の節句、5月5日は端午の節句、7月7日は七夕…五節句と呼ばれる日の中で9月9日は何の日かご存知ですか?
私は今回の取材で知ったのですが、この日は「重陽(ちょうよう)の節句」。
平安時代から、日本には重陽の日の前の晩に真綿を菊の花にかぶせて夜露と香りを移し取ったもので翌朝体や顔を拭くと、長寿を得ると言われた風習があったそうです。明治以降はこの風習は廃れてしまいましたが、現在も9月になると和菓子店でその面影を偲ばせる上生菓子「着せ綿」に出会うことができます。
今回特別に、金巻屋さんで職人歴6年目になる高橋美絵さんに実際に作っているところを見せていただきました。
着せ綿は「練り切り」と呼ばれる和菓子のひとつで、餡に求肥をつなぎとして入れたものを煮詰めてねばりを出し、生地にします。ちなみに新潟のお菓子屋さんはつなぎに求肥を使う傾向がある一方、関西では芋を使うことが多いそう。桜餅では関西の道明寺、関東の長明寺など、地域性があるのも和菓子の面白さの一つです。
さてさて高橋さん、慣れた手つきでテンポ良く細工ベラで花びらの模様をつけていきます。
ちなみにライターは以前この花びらの模様付けをしたことがあるのですが、全く均等にできず四苦八苦した記憶がよみがえりました。「感覚でバーッとできますね」(高橋さん)。さすがプロ技。筋を入れるごとに細工ベラを濡れ布巾で拭く作業を挟むのは、餡がヘラにつくからだそう。丁寧かつスピーディーです。
そしてふるいを通して細かくした白いあんこをお箸であしらって…
完成!
菊に見立てた練り切りの中にはこし餡が。ピンクの餡と白の餡では素材の豆そのものが違うそうです。
「やっぱりスピードが大切ですね。餡玉は持つだけで重さが1g単位で分かります」(高橋さん)
たくさんの商品を美しく美味くたくさんあっという間に作る職人技。
本当にスピーディーで、あれよあれよと言う間に…という感じでした。
ちなみにこの「着せ綿」、金巻社長によると中国では少年が菊の露を飲みながら700年そのままの姿で仙人となった言い伝えがある、またその言い伝えを元にした「菊慈童」という能の作品があるなど、お話を聞くほどにどんどん文化的な広がりが。奥が深い!
「重陽」の「陽」は中国の言葉では奇数を表し、「陽(奇数)」が「重」なる日で9月9日が重陽の日と呼ばれるとのこと(そして陰が偶数)。お菓子ひとつでこんなに色々な学びがあることは驚きでした。
こうやって理解すると、いつもは味や見た目重視ですが、食べる時の感慨も深まりそうです。
背景を知る程に面白い和菓子の世界
また、この取材時に「花ごおり」という外側はシャリっと中は柔らかい砂糖菓子をいただきました。こちらはあまーい寒天をじっくり乾かして作るお菓子とのこと。その乾かす期間、なんと2週間!!たっぷり時間をかけて作られる贅沢なお菓子、食べ終わってからこの工程を伺ったのですが、一口二口で食べてしまったのがもったいないくらいの手のかかりようです。宝石のような見た目はもちろんのこと、作り方を知ることも楽しみ方の一つのような気がします。
節句は中国の暦に由来しますが、それをお菓子で表現するのは日本ならではの風習だそう。それに洋菓子が「重ねる文化」であるのに対して和菓子は「包む文化」。包んで模様を入れることで中身を見せたり、ぼかしたり匂わせたり(※匂わせる=色をつける)と、表現方法も独特です。
そんな風に作りかたや味、見た目、表現方法など、日本で独自に発展した一つの文化が、この数十グラムのお菓子には詰まっているのです。
新潟らしいお菓子を発信する金巻屋の挑戦
金巻屋さんでは、伝統的なお菓子はもちろんのこと、新しいお菓子の開発も積極的に行っています。
最近誕生したお菓子「新潟雪子」は、昭和初期に日米友好の役割を担って米国に送られた日本人形「新潟雪子」をイメージしたゼリー。少ない資料の中、当時の新聞に「赤いおべゞ」とあることから色は赤く、弾力がある半球形のゼリーの中に雪を模した白い羊羹を入れています。口に入れた瞬間は甘く感じながら、徐々に梅の風味と酸っぱさが広がるお菓子に仕上がっている一品です(受注販売のみ、3日前までに予約)。
他にも米粉や越後姫など新潟の素材を使ったお菓子を多数展開している金巻屋さん。良寛をモチーフとしたお菓子もあります。
「人と人との真ん中にお菓子があって、そんなに大きな力じゃなくてもいいんだけど何かの話題のきっかけになったら…」だから縁起を担いだお菓子や、一年無事で楽しく幸せにいられるようにという思いを表せるようなお菓子を作れればいいなと思います、と続ける金巻社長のお話に、お菓子の持つ文化や可能性をたっぷり感じた取材でした。
<美豆伎庵 金巻屋>
住所:新潟県新潟市中央区古町通3-650
電話番号:025-222-0202
営業時間:8時30分~18時
定休日:なし
上古町商店街WEBページ内の店舗ページ
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写真・文/マルヤマトモコ